テレワークでわかった事

私は都内に勤めているのだが、ここ最近は会社からもきつめにテレワークが推奨されている。本日もテレワークだったのだが、今日はぶっちゃけ1時間くらいしか働いていない。

まず午前中の全ての時間を部屋の片付けに費やした。仕事はまず環境からという言葉を信じ、適切な環境作りに励んだ。そして昼は回転寿司に行き、普通に人混みができているのを見て、皆の平常心の強さにある意味安心する。

そして午後は、シーツと布団を洗ってマットレスを乾燥させる。良い仕事は良質な睡眠からと言えないこともないので、ある意味これは仕事にカウントしても良いだろうとの思いもある。

トイレ掃除もして、最終的には靴すら磨き始めた。そしてもう夕方になっていることに気がついた。メールは片手間に見ていたので緊急の案件はないことは確認済みである。ただし、あまりに情報発信が少ない場合「あいつは働いていないのではないか疑惑」をかけられかねないので、慌ててメールをし始める。ccを余計に追加する。

そして本当に最低限のメールだけして今日の仕事を終える。ちなみに私は仕事がない訳でもないし、テレワークで処理可能にしたタスクがいくつもある。

そしてそのほとんどを木曜日の時点でやっていない。やっていないことをやばいとも思っていない。何故なら私の業務など上司すら正確に管理していないため、私が家で何をしているのか誰もわからない。だから本当にサボれるのだ。ただし、サボって喜んでいる訳ではなく、無気力で仕事が手につかない系だ。

会社に来れば、いくら何でも業務時間の9割を仕事せずに過ごすことはないが、家にいると平然とそんなことをやってしまう。まず、机に座ってパソコンに向き合うのすら困難になってしまっている。

会社では周りの目があることで、いかに自らが仕事をやらざるを得ずにやっているのか、身をもって思い知ることになった。いかに自分がその仕事をやりたくないのか知ったとも言える。

まあ別に今知った訳ではないのだが、ノープレッシャーだとここまで脆いものかということは自覚したと言えるだろう。テレワークをやっていると理性との戦いになるということを皆がちらほら言っている。

お菓子も食べれるし、スマホをずっと触ることも、寝ることもできる。誰にもそれを見られることも、咎められることもない。必然的にダラダラとやってしまうことになる。

自由があまりにも大きいと、仕事にフォーカスすること自体がストレスになってくる。そのためある程度のプレッシャーはやはり必要なものとも思いつつ、ストレスフリーな生活を楽しむボーナスタイムだとも思っている。

でもダラダラするだけではもったいない。なので、一人で考える時間を得た、と捉えることにして明日から過ごしていきたいと思う。

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