自粛ムード

もうここ最近はどこに言っても話題がコロナで一色だ。東京でも残念ながら感染者数が指数対数的に増えてきている。イタリアやアメリカなどが辿ってきた感染者の増加傾向をほとんどトレースしているから、同じような状況になるのも時間の問題だそうだ。

緊急事態宣言にどの程度の効力があるか私は特に詳しくないが、しばらく色々な活動を制限する必要があるだろうくらいの認識だ。外出などもしばらくは制限せざるを得ないのだろう。

もちろんここ最近の風潮自体そうだったのだが、習慣をやめるのは大変難しいのは身をもって実感している。お酒が好きで飲み歩いていた人は今でも飲みに行くのをやめていないし、スポーツが趣味の人は相変わらずそのスポーツを続けている。

そう、何を隠そうそれは私。自分の体が元気なのにその日にやりたいことを封印することがいかに難しいか、そしてその考えで行動をしていると自然とその考えの人が集まってくるので咎められることもない。むしろ我々は間違っていないという考えを共有することになる。

今日より明日、明日より一週間後の方が状況は悪くなっているのだから、出来るだけ早いうちに気のすむまで、という認識は共通のものと信じて疑わない。

心のどこかで引っかかりを感じているからこそのお互いへの肯定であることも理解している。ただし、法律で禁止されているわけでもないのに、歓送会を開かないことは人情的になかなか難しい。

私の仕事は完全にテレワークにできないのでまだまだ通勤もしている。平常時よりも通勤者自体減っているとはいえ、サラリーマンはまだまだ多い。だから、感染のリスクを大幅に抑えられているとも思えない。

経済を殺して全員自宅から出ないようにするのか、ある程度のリスクを許容して経済活動をするのか、現代ではあまりに極端なことはできないので、我々はその天秤にかけられた状態である。ただし、その天秤から逃げていないのもまた自分であるので何かを悪くいうつもりもない。

しかし、電車通勤で100人単位の人と余裕で接するのに、私生活で会う人の数を制限されるのがいかに虚しい抵抗かと思わざるを得ない。

遊んでいて感染するのは許されない感じになるので、ある意味日本人的なリスクマネジメントの側面があるのは致し方がない。また、会社で一人目の感染となるのは何がなんでも避けたいといういう気持ちもある。

同じ感染でも扱いが違うだろうと想定している。気をつけるべきは感染だけではない。

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